商売は何といってもやはり利益をあげなくてはならない。利益のない商売をしておったならば、その会社は衰微してしまう。これはもう当然です。どの程度に利益をあげることが正しいかを、お互いが非常に重要な問題として考えねばならんと思うんです。いわゆる適正価格を取るということであります。
それは、国によっても、業界によっても違ってくる。また、その会社自体においても、ものの見方によっては多少変わるだろうと思います。けれども、必ずそこに適正価格というものが探し求められる。いいかえますと、みずからの見識によって適正価格を定めなければならないということです。そういうような考え方と申しますか、信念というものを、お互いがもたねばならんと思うんです。
昭和6年10月、"故障の起こらないラジオ"をめざして松下電器で開発を進めていたラジオ受信機が、担当者の奮闘、努力により完成しました。その試作品が東京中央放送局(NHK)のコンクールで見事一等に当選したことから「当選号」と名づけられ、いよいよ販売ということになったときのことです。
松下幸之助は代理店を招き、新製品のラジオを披露しました。そして、その販売数と価格を発表したところ、代理店がいっせいに反対したのです。
「その価格では無理だ。松下電器はまだラジオ界では信用がない。だから他社の製品より一割は安く売って出て地盤を開拓しなければ、なかなか売れ足がつくものではない。それなのに今の値段は他のものより高いではないか」というのです。
幸之助も一応もっともだと思いました。けれども、適正を欠く価格は、低きに失しても高きに過ぎても商道からはずれた罪悪であり、業界の発展、ひいては社会に貢献するものではないという強い信念があった幸之助は、こう訴えました。
「今日一般のラジオの値段は決して適正ではありません。2、3年このかたの不景気が災いして、各メーカーとも競争につぐ競争でいささか乱売に陥っているのです。私は、故障のないラジオをつくって需要者に喜んでいただくことが生産者の使命であると痛感して製作を始めました。さらに設備を整え、生産を合理化して、より安くて丈夫なラジオを製造したいのですが、そのためには資金がいります。いやでも応でも正当な利潤を蓄積して資金を得なければ、理想のラジオをつくるという自らの使命を果たすことができないと真剣に考えているのです。その私が競争の仲間入りをして乱売ができるでしょうか。どうかこの値段でご賛成願いたい」
幸之助の熱のこもった真摯な訴えに、代理店も納得し、販売に努力しようと応じてくれました。 こうして「当選号」の販売がスタートし、大量生産と徹底的な品質管理、そして力強い販売の協力によって、ラジオ業界進出後4年目に、松下電器は業界第1位となったのです。
(月刊「PHP」2009年7月号掲載)
松下幸之助とPHP研究所
PHP研究所は、パナソニック株式会社の創業者である松下幸之助が昭和21年に創設いたしました。 PHPとは、『Peace and Happiness through Prosperity』の頭文字で、「物心両面の調和ある豊かさによって平和と幸福をもたらそう」という意味です。
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