どんなに偉い人でも、暗い心ではいい知恵は浮かばない。気が沈めば知恵も沈む。だがどんなに平凡な人でも、喜びと嬉しさであふれている心からは、次々と思わぬいい知恵も湧いてくる。
人の偉さには、お互いにそんなに違いのあるものではない。大事なことは、心の持ち方である。いつも明るく、いつも喜びにあふれている心、何でもないけれども、そこに商売発展の貴い秘訣がひそんでいるのである。
いつも明るく朗らかに、私たちの仕事を通じて、社会への奉仕を精いっぱいに心がけていきたい。
世界恐慌のあおりを受けて、日本の経済界にも沈滞ムードが広がり、不況が深刻化しつつあった昭和初期のことです。
何とか市場に活気を呼び戻したいと考えていた松下幸之助は、ふと、自転車店で丁稚奉公をしていた幼いころ、正月に近所の店へ初荷の手伝いに行き、祝儀として手ぬぐいやお菓子をもらったことを思い出しました。
「こんなときこそ、景気づけに初荷でもやったらどうだろう」
たまたま昭和5年1月に名古屋支店で初めて実施した初荷がたいへん好評だったこともあり、これを全国的に行おうと思い立ったのです。
そして昭和6年1月、全社行事として初荷が挙行されました。
朝4時に出勤、遠方から通う人は前日からの泊まり込みです。総出で製品をトラックに積み込んだり、炊き出しの握り飯で腹ごしらえをするなどして準備を進めるうちに、みな気分も盛り上がってきます。全員がそろいのハッピ姿で、車体に商品名を記した幕や小旗を取りつけ、幟を立てたトラックに乗ってにぎやかに出発です。
当時は初荷の行事もすたれていたため、道行く人々が驚いて見ているなか、販売店に到着。荷物を降ろし、店先で挨拶状を読み上げ、三三七拍子の手打ちで締める。こうして威勢よく行進しながら得意先をまわったところ、先々で「縁起がいい」と大いに歓迎され、喜ばれました。
幸之助は、「やはり商売でも、新機軸というか、何か一つの行事をやらなければいかんですな。先方が非常に喜んでくれたし、また、そのように全員がそろって一つの行事を遂行していくところに、みんなのまとまりというか団結心が生まれ、いきいきとした活動の姿や好ましい成果がもたらされてくるのだと思います」と述べています。
初荷はその後、松下電器の正月恒例の行事として年々盛大に行われるようになりましたが、第二次世界大戦のため昭和16年に中断。昭和23年に再開されたものの、交通事情によって昭和39年を最後に取りやめとなりました。
(月刊「PHP」2009年5月号掲載)
松下幸之助とPHP研究所
PHP研究所は、パナソニック株式会社の創業者である松下幸之助が昭和21年に創設いたしました。 PHPとは、『Peace and Happiness through Prosperity』の頭文字で、「物心両面の調和ある豊かさによって平和と幸福をもたらそう」という意味です。
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