商売の取引の上では、信用というものが非常に大事である。信用がなければ取引はできない。相手から信用が得られるかどうかが、商売人として、実業人として、ゆるがせにできない重要事である。したがって、どこまでも信用を追求することが肝要になってくる。

 銀行が取引を勧誘してきたとき、私が先に貸付の承諾をしてほしいと希望したのも、結局、信用の問題である。松下電器が将来、発展していくことのできる会社だと考えて取引を勧めるのなら、その信用していることを実際の形にあらわしてもよいはずである。というよりも、実際の形にあらわせないのであれば、その信用は口先だけのものになってしまう。信用の実体がなくなってしまう。

 大正14年9月、松下電器の近くに住友銀行西野田支店が開設されたのを機に、松下幸之助はその支店の一人の行員からたびたび取引の勧誘を受けるようになりました。

 当時、松下電器は主に十五銀行と取引をしていて、それで十分事足りていました。ですから、勧誘があるたびに断っていたのですが、相手もあきらめません。半年たっても、1年たっても、根気よく通ってきます。そのあまりの熱心さにほだされて、幸之助はとうとう取引をしてもよいという気になりました。しかし、そのとき一つの条件をつけたのです。それは、取引を開始する前に、2万円までは必要に応じて貸付するという約束をしてほしい、というものでした。

 この前例のない申し入れに困った行員は、「支店長と相談してみます」と言ってその場は引き上げ、4、5日して「やはり先に取引を開始してほしい」という返答をもってきました。 そこで幸之助は、行員にこう言いました。

 痛く反省した幸之助は、電熱部の経営を根本的に立て直すため、共にやってきた友人ではありましたが、意を決して率直に話しました。

 「それでは得心できないね。開始の前に貸付の約束をするのも、開始後に貸付をするのも同じではないか。この条件が入れられないというのは、結局、真に信用できないところにあるのだとぼくは思う。だから、徹底的に松下電器を調査して、それで得心がいけば貸付の約束をしてくれ。支店長ともよく相談してほしい。都合によっては自分が私が一度会ってもよい」

 数日後、その行員の仲介で支店長と会うことになり、幸之助はあらためて自らの考えを述べました。すると、幸之助の話を静かに聞いていた支店長は大きくうなずいて応えました。「よくわかりました。これは私の一存でははかることができませんので本店とも相談し、一度調査させていただいて必ずお約束のできるようにいたしましょう」。

 こうして、信用して取引する以上は実際の形にあらわしてほしい、という幸之助の希望が通り、話が進むことになったのです。松下電器の調査が行われ、支店長も奔走して、2万円の無条件貸付という異例の約束のもとに、昭和2年2月、住友銀行との取引が開始されたのでした。

(月刊「PHP」2008年10月号掲載)

松下幸之助とPHP研究所

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