背景にある共通の視座

  「マネジメントを発明した人物」としてドラッカーが日本の経営者に与えた影響ははかり知れない。ドラッカーが一書を著わすごとに、多くの経営者たちは、世界や日本がどのような潮流に直面しているかを学んだ。いわばドラッカー本は日々のマネジメントを改善するための処方箋のような価値があったのではないだろうか。
 同じように高度成長期から日本の経済界に大きな存在感を示し、世の経営者に経営の本質とは何かを訴え、啓発した人物に松下電器の創業者・松下幸之助がいる。松下は三人で始めた会社を一代で世界的エレクトロニクス企業に育て上げ、「経営の神様」と呼ばれるまでに、立志伝中の人物となった。また旺盛な執筆活動によって、晩年まで正しい経営の啓発に努めた。
 この二人の論を同時に学び、高い品質の経営を心がけることができた経営者、管理者も多かったのではないだろうか。松下の著作を読んだあと、ドラッカーの著作を読んであらためて納得する。またその逆のパターンを経験したビジネスマンもいたことだろう。
 ドラッカーと松下は、語る体系こそ違っていたが、指摘する要諦は同じことも多い。たとえば、ドラッカーは著書『現代の経営』で分権制組織の重要性を語った。一方、松下は実際に松下電器の経営に際して、自ら思索した末に日本初ともいう事業部制組織を採用した。これは偶然ではない。二人の哲学が経営組織に対して同じ視座を持っていたからではないだろうか。
 二人の思考はともに経営を、売上げをあげるためだけの、企業経営のためだけの技術とはしなかった。その根底には、個の人間が社会においていかに生き生きとそれぞれの役割を果たせるかという、共通の視座があった。その共通点を順に整理しておこう。

 共通点①―人間観 「人間が中心である」

 まず、重要なのはドラッカーも松下も、何より人間の存在意義を中心に考えたことである。
  ドラッカーは、人間は本来社会的な存在であり、人間がその社会で幸せであるためには、社会そのものが正しく機能する社会でなければならないと考えた。また著書『産業人の未来』で、「社会に関する一般理論」として、人間と社会の関わりについて、一人ひとりの人間が社会的な位置と役割を与えられなければならない、そしてその社会の権力には正当性がなければならないと説いた。
 松下は、実業の現場で多くの社員を預かり、長年指導する中で、社員がそれぞれすばらしい可能性を発揮し、成長する姿を何度も見聞した。それゆえに、あらゆる人間の本質はダイヤモンドであり、一人ひとりが尊重されなければならないと考えていた。
 ドラッカーと松下がそうした人間観を抱くようになった原因も共通している点がある。それは二人が体験した社会の紊乱と戦争である。
 ドラッカーは経済至上主義が破綻し、混乱したヨーロッパを席巻する全体主義の台頭を見た。そして、自らも身一つで難を逃れる経験をした。個々の人間の尊厳が次第に喪われていく当時の現実こそ、ドラッカーの原風景であったといえる。
  一方、松下にとっても戦禍は、経営者から思想家への大きな転機となった。戦後間もなく、PHP(Peace and Happiness through Prosperity=繁栄を通じて平和と幸福をもたらそう)研究を始めるが、その問題意識は、万物の霊長であるはずの人間が、いたずらに戦争や貧困に苦しんでいるのはなぜか、というところにあった。そして、それは人間が自らの本質を生かさず、正しい道を歩んでいないからだ。お互い人間の本質はダイヤモンドの原石のようなものであるという自覚を高め、然るべく磨けば、繁栄、平和、幸福は必ず生み出せるはずだと考えたのである。

    (以下、「ドラッカーと松下幸之助(下)」に続く)


 

<筆者プロフィール>

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渡邊 祐介(わたなべ・ゆうすけ) 

経営理念研究本部 本部次長

●専門分野:松下幸之助研究、日本経営史
1986年、(株)PHP研究所入社。普及部、出版部を経て、95年研究本部に異動、松下幸之助関係書籍の編集プロデュースを手がける。 2003年、大阪大学大学院経済学研究科博士前期課程(日本経済・経営専攻)修了。松下幸之助を含む日本の名経営者の経営哲学の研究や、 経営理念の継承・伝播について調査を進めている。 また、多くの経営者を訪ね、インタビューを重ねている。著書に『ドラッカーと松下幸之助』(PHP研究所)等がある。


松下幸之助とPHP研究所

PHP研究所は、パナソニック株式会社の創業者である松下幸之助が昭和21年に創設いたしました。 PHPとは、『Peace and Happiness through Prosperity』の頭文字で、「物心両面の調和ある豊かさによって平和と幸福をもたらそう」という意味です。

■月刊誌「PHP」

お互いが、身も心も豊かになって平和で幸福な生活を送るため、それぞれの知恵や体験を寄せ合う“場”として昭和22年から発刊を続け、おかげさまで多くのご支持をいただきながら今年で71年目を迎えました。

 

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