PHP研究所主催 2024年度文部科学省後援
第8回PHP作文甲子園 高校生最優秀賞受賞作
仲埜実由菜
鹿児島県池田学園池田高等学校1年
「今日は雨が降っているので、お休みにしましょう」
雨がっぱを着て自転車にまたがろうとしたちょうどそのとき、先生から電話が来た。私の書道の先生は、雨が降ると教室をお休みにする、少し変わった先生だ。
私が初めて筆を握ったのは6歳のときで、今は15歳だ。先生は80歳を迎え、私が通い始めたころは十数人いた書道教室も、9年の間に私と先生の2人きりになった。習い始めたばかりのころは上手く書けないうえに正座も苦手で泣いてばかりだったが、今では2時間正座しても足がしびれることはない。練習の末、春の試験では6段に昇段した。
私の筆巻には、3本の筆が入っている。小学校入学、中学校入学、高校入学、と私の成長の節目に先生がくれたものだ。3本も入れているせいで窮屈になってしまい、筆巻の紐を結ぶのにはいつも苦労しているが、中の筆は捨てられない。私が書道で経験した喜び、葛藤、悔しさ――どんなときでも握っていた筆は、私のがんばりの証拠であり、先生からもらった宝物だ。
「脳梗塞で倒れて、もう教室は続けられないの、ごめんねぇ」
先生が雨の日以外に電話してきたのは、この日が初めてだった。
「道具を取りに来てね。あと、自転車気をつけるんだよ」
私はずっと、なんで先生が雨の日をお休みにするのかわからなかった。けれどそれが、自転車で教室に来る私のためだったと知り、改めて先生のやさしさと、教室をやめざるをえないことへのさびしさを感じた。
今、窓の外では雨が降っている。教室をやめてからも、時々筆を握るようにしている。私は書道が大好きだ。先生がくれた筆とたくさんの思い出は宝物であり、これからも私が書道を続けていく原動力になっている。