PHP研究所主催 2023年度文部科学省後援
第7回PHP作文甲子園 優秀賞受賞作
井上裕得
岡山県津山工業高等専門学校3年
その日は、落ちてきそうな曇り空だった。学校の疲れがたまった土曜日で、何をするにも無気力で生産性のない一日を過ごしていた。やるせなさを忘れようとしてか、突然なぞのやる気がわき、理由もなく自転車でおもちゃ屋に行くことを決心した。身支度をして寮を出た。
しばらくして自転車のかぎを忘れたことに気づき、寮に戻り再び出かけた。学校前の坂を自転車で降りていく途中で会った友人と他愛もない話をしたあと、コンビニに寄った。カルピスウォーターを買い、自転車に乗って前の横断歩道を渡ろうとした。左右確認をしたあと、渡った。ちょうど道路のセンターラインを自転車の前輪が越えたとき、左から勢いよく車が突っ込んできた。自転車ははね飛ばされ、前輪は大きく変形したが、体は無事だった。これが私の体験した、18年間で1番のショックである。
その日の夜、昼に起きた出来事を思い返していた。もしかぎを忘れずに部屋から出ていたら、友人に気づいていなかったら、コンビニに寄っていなかったら、そもそも出かけていなかったら。分岐点はいくつもあった。小さな偶然がいくつも重なって初めて事故が起こったのだとわかったと同時に、奇跡は起こるのだとも実感した。
さまざまなメディアで「人が産まれる確率は何10億分の1」「運命の人と出会う確率は何分の1」「今生きていることは奇跡」だとよく耳にする。言葉ではわかっていても、奇跡なんて起こらないと思い、生きてきた。
しかし、今回の事故で、今自分が生きていることは、きっとこの事故のようにいくつも偶然が重なった結果なのだと、奇跡なのだと気づくことができた。そのとき初めて、自分が生まれたことや、これまで生かしてくれたすべてのことに心から感謝することができた。いや、感謝どころではない、感謝感謝することができた。