PHP研究所主催 2023年度文部科学省後援
第7回PHP作文甲子園 優秀賞受賞作

星 碧虎
宮城県・宮城県農業高等学校2年

うだるような夏の夕暮れに響く、うなるような呼吸。ガラス玉のような眼差しの奥から、本当は生きたいという声が聞こえた気がした。

「先生、やっぱりモモは最期まで育てよう」。安楽死の可能性を目の前にして、部員全員の意見が一致した瞬間、牛舎で横になるモモの温かい命の輝きを確かめずにはいられなかった。「モモ、ごめんね。生きよう。がんばろう」。安楽死を選択しようとした罪悪感をぬぐい去るように、苦しそうなモモをやさしくなで続けた。

畜産家を目指す私は、農業高校で牛部に所属している。幼いころから牛は身近で、大好きな存在だ。往復3時間の通学も苦にならず、みんなが喜ぶ最高級の肉牛や乳牛を育てるために奮闘している。

しかしたとえ愛情深く育てても、牛には残酷な現実が待つ。経済動物にとって、与えられた命をまっとうする前に、食されるという現実。いまだに私も悩み、葛藤しない日はない。

牛たちの世話は重労働だが、やりがいがある。出産の場面では感動も加わり、命がこんなにもかけがえなく、大切に守らなければいけないものであると、改めて責任や重みを感じる。

しかし残念なことに、不幸な事故でモモという2歳の乳牛が脚に大怪我を負った。懸命の治療も実らず、数カ月で体調が悪化。獣医に安楽死の判断を下されたが、困難は覚悟で部員全員がモモを最期まで育てることを決意した。

少しでもモモが楽に過ごせるよう、みんなでさまざまな工夫をした。早くモモに会いたい。部活までの時間が待ち遠しく感じた。モモは首を起こして何かを言いたそうに部員を見つめていた。

それから数日後の暑い日、モモは短い生涯を閉じた。

おいしい牛乳を消費者に届けることはできなかったし、モモを守りきれなかった悔しさがこみ上げたが、それ以上にモモは私たちに生きる強さや命の輝きを残してくれた。この経験を生涯忘れず、牛を心から大切に育て感謝し続ける、日本一の畜産家になりたい。

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