月刊「PHP」2024年7月号 裏表紙の言葉

室町幕府を開いた足利尊氏は、自身が洛中に建立した寺の境内に立つ一本の松に強い愛着を抱いていたという。大きさ、形とも彼にとって理想だったらしい。

尊氏の松に対する思いは募る一方で、ついに驚くべき行動に出た。自分の赴くところに、その松を都度植えかえるように命令したのである。

そのため、松は尊氏の故郷、鎌倉へも持ち運ばれることとなった。道中も万全の配慮がなされ、松は無事鎌倉の地に到着、その枝ぶりはやはり評判となった。

ところが異変が起こった。松が生気を喪っていったのである。驚いた尊氏は養生を命じたものの、事態は変わらない。結局、京都の元の場所へ移動させたところ、松は生気を取り戻し、事なきを得たという。

このように松一本の生育にしても天地自然の理に則している。いくら対象への思い入れが強いからといって、適正を欠く扱いをしては育つものも育たない。そこにあるべきものはそこにこそあれ。万人万物の繁栄は、それぞれにふさわしい処遇を守ることに尽きるのではないだろうか。

月刊「PHP」最新号はこちら

定期購読はこちら(送料無料)