PHP研究所主催 2022年度文部科学省後援
第6回PHP作文甲子園 優秀賞受賞作

佐田理彩子
岐阜東高等学校2年(受賞当時)

「理彩子よりうまい」

身体の中のどこかで恐れていた言葉が今でも脳裏をよぎることがある。

書道部に入部して2年、コロナ禍の中やっと訪れた書道パフォーマンスの機会に私たち部員はみな胸を躍らせた。「せっかくやるなら大筆がいいよね」。そんな声が特に同級生たちからは多く聞こえた。私もその中の一人だった。

大筆は花形だと思う。普通のお習字用に使う筆とは比べものにならないほどのサイズで、いかに迫力あるパフォーマンスができるかは一目瞭然だった。しかし大きさの分だけ取り扱うのも難しいわけで、大筆はオーディションで担当を選ぶことになった。そして練習の甲斐があったのか、私は大筆担当に選ばれたのだ。

意気揚々とした気分も束の間、私はすぐに現実を突きつけられることになる。全身の動きにキレがない。迫力がない。そして何よりつらかったのは後輩の存在だった。1年生の中で唯一選ばれた彼女は、小柄ながら全身で筆を使いこなしていた。どれだけ差をつけられるのか怖くて仕方がなかった。

「理彩子よりうまい」。顧問が口にした言葉に他意はなく、純粋にそう思ったから言ったのだろう。

悔しい。悔しい。悔しい。私の脳内はその気持ちで焼き尽くされていった。もういっそやめてしまいたい。だれかほかの人にやってもらいたい。何度もそんな考えが頭をよぎった。

でもそれを実行しようとは思わなかった。顧問が責任を持って私に託してくれたから。部員や友人たちが応援してくれるから。だから私は自分の責務をやり抜かなくてはならない。私はあきらめない。

今年の夏は焦げるような暑さだった。裸足で出番を待つみなの足は多分焦げたと思う。たとえ焦げてしまっても構わない。空高く筆を掲げて、私は一筆目を書き上げた。

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