PHP研究所主催 2022年度文部科学省後援
第6回PHP作文甲子園 優秀賞受賞作
岩田くるみ
浜松開誠館高等学校3年(受賞当時)
「お昼ごはん、どこのお店にしようか」
母が運転する車の助手席で、なぜかこの日は、道ゆくお店からのヒントを求め、外をぼんやりと眺めていた。
信号待ちをしているとき、一人で白い車の周囲をウロウロと歩くおばあさんが、やけに気になった。母に、「あのおばあさんに声をかけてくる」と伝えると同時に、いてもたってもいられず車から飛び降り、声をかけた。
「お節介だったらごめんね、おばあちゃん。なにか困ってる? 私にできることはある?」
にっこりと笑って「はい」と応えたおばあさんは、ご主人と車で来たけれども、先に帰られたのだと言う。ひとまず涼しい車の中に入ってと案内し、ゆっくりと話を聞いた。
「黒い車で来たんだけど、ないのよ」
ないのは車だけではない。携帯も財布も持っていない。暑いからおうちに送るよと住所を聞くと、ふふっと口元に手を当てて上品に笑う。脈絡がまったくない会話。つながりそうでつながらない話の流れ......。
認知症だ。
母がおばあさんの話し相手をしている最中に、私はドキドキしながら警察署に電話をかけた。状況を説明し、警察の到着を待った。時間が永遠に感じられた。
警察と同時におばあさんのご家族も到着した。緊張した面持の娘と屈託のない笑顔の母という対照的な二人の様子が強く印象に残った。そしてそれは、私と母の未来を暗示し、映し出しているかのようだった。
私は普段、車の中ではスマホから目を離さない。親の問いかけにも上の空で返事をして、動画やゲームに夢中になっている。
しかし、スマホの画面の中にはない経験、発見、出会いがあることを知った。手元へ向いている顔を一度上げ、イヤホンを外して世の中を見つめなおすことの大切さを伝えたい。