月刊「PHP」2022年11月号 裏表紙の言葉
人が旅心を抱くのは、人生で見ておくべき風景が決まっているからではないだろうか。
それが蒼天の下、秋の実りにあふれた里山なのか、行ったことのない田舎町なのかは分からない。ただ心が旅にそそられるのは一つの本能であるに違いない。
だから旅が恋しくなったならば素直に旅に出ることだ。何かの縁で思わぬ場所を訪ねることも、運命がもたらすものと受け止め、意味はあとから考えるとよいだろう。
誰と出逢うのか、どんなことが起きるのか、心に刻まれたものはすべてわが体験、わが風景。人生にとって必要な、かけがえのない思い出になる。そして、実際、そうやって日々を重ねてきたのではないか。
世の中は移り変わり、また自分自身の環境も変化する。したがって、時には窮屈な生き方を強いられる。しかし、何かを見聞きし、自らを癒し、勇気づける手立てはいくらでもある。
生を終える直前、人は己の人生を瞬時に回顧するという。そのときに見るべき風景を見ていなければ残念極まる。だから旅に出よう。せめて心だけでも。