月刊「PHP」2022年9月号 裏表紙の言葉

知己の先生が古い童話を解釈してくれた。
樹齢300年の柏の木の話。毎年夏、その木には近くの水辺から蜉蝣(かげろう)が飛来する。蜉蝣たちは幹の周りを乱舞して束の間の生を終えるのが常で、ある日、柏の木は尋ねた。
「教えておくれ、蜉蝣よ。自分は300年も生きてきたが、いまだに生の喜びを感じたことがない。なのに、お前たちはその短い命をなぜ楽しく過ごせるのかい」
蜉蝣たちは笑って答えず、恋をしてはバタバタ死んでいく。柏の木は寂しかった。
ところが、ある日、大嵐がやってきた。柏の木は懸命に嵐と戦った。小鳥の家族が助けを求めて飛び込んできたときも、柏の木は受け容れ、必死で守り続けた。翌朝、嵐が去った陽射しの中で、無惨に倒れた柏の木があった。小鳥の家族を守り抜いた喜びに、葉を揺らせながら――。
先生は言う。蜉蝣の生きがいは一瞬の生を燃焼する喜び、一方、柏の木のそれは使命に気づくまでコツコツと生命を充足させていく喜びで、本来両立しないものなのだよと。つい隣の芝生が青く見える世の中、天分に見合い、求めるに足る生きがいを見つけたい。