リト@葉っぱ切り絵
1986年、神奈川県生まれ。自身のADHDの特性を生かして制作する葉っぱ切り絵がSNSで注目を集める。著書に、作品集『いつでも君のそばにいる 小さなちいさな優しい世界』、メッセージカードBOOK『離れていても伝えたい』(ともに講談社)がある。
ふとしたことがきっかけで、苦しい日々が変わることがあります。
「自分はなんてダメ人間なんだ......」
そう感じたのは、大学卒業後、新卒で外食チェーンの会社に就職してすぐのことでした。ほかの人が普通にできる仕事が、まったくスムーズにいきません。
たとえば、食材発注の際に、大量注文や天候不順などイレギュラーなことが起こると、頭が真っ白になってしまうんです。
自分では必死に仕事をしているつもりなのに、何度注意されても同じミスを繰り返してしまう......。上司は怒るのを通り越こして、あきれて困り果てていましたね。
それでも、せっかく新卒で入った会社なので、なんとかやめずに続けました。
しかし7年目、それまで以上に柔軟な対応が求められる部署に異動になり、逃げるように退職。そのあと二つの会社を経験しましたが、状況は変わりませんでした。
社会人になって約10年、さすがになにかがおかしいと感じていたある日、インターネットで偶然「ADHD」(注意欠陥・多動性障害)という言葉を目にしました。
「あっ、これは自分のことだ!」
そこには先天性の障害と書いてあり、正直ホッとしました。自分の努力不足ではなかったんだ......と。そのあと病院で正式に診断されて、障害者手帳を取得しました。
ただ、ハローワークに行って障害者枠で仕事を探してみると、自分の経歴だけなら5千件も求人があるのに、障害者枠になると一気に20件に減り、さらに通勤できる場所だと3件しかなかったんです。
「自分の人生には三択しかない......」
なんだか悲しくなり、ハローワークに通うのをやめて、自分で仕事を探すことにしました。かといって、食べていくあてはなく、目の前は真っ暗でした。
「大丈夫」と自分に言い聞かせる
そんなとき、落書きのようなイラストを描いたことがありました。
機械の部品のようなものを緻密に描きこんだヘンテコなものでしたが、それを何気なくSNSに投稿したら、意外にも反響がありました。
「ひょっとしたら、これが仕事になるかもしれない......」
安易な考えですが、当時の僕には、そう思うしか生きていく道がなかったんです。
もともと絵が得意だったわけではありません。ADHDの特徴の一つですが、僕は「過集中」といって細かい作業に何時間でも没頭できるんです。その代わり、集中するとまわりが見えなくなってしまう。その僕の特性が、アートの世界と相性がいいのでは......と思っただけなんです。
SNSを就職活動の場だと考えて、地道に投稿を続けました。イラストから紙の切り絵、そして今の葉っぱ切り絵へと、いろいろな表現に挑戦しながら、一日一作品を目標に投稿しました。障害者手帳があることで失業保険が約一年間出て、しかも実家暮らしだったからできたことです。
しかし、何カ月も鳴かず飛ばずの状況が続きました。時間をかけて制作した作品についた「いいね」の数は3つ。しかも、その一つが母親だったこともありました。
そのころの僕は、真っ暗な洞窟を一人で歩いている心境でした。進むも地獄、戻るも地獄。同じ地獄なら、自分の特性に合う道にかけようと思いました。そんな僕を母はそっと見守ってくれましたね。
くじけそうになったとき、繰り返し自分に「大丈夫 、大丈夫」と言い聞かせていました。なにも根拠はないのですが、そう言えるのは自分しかいないと思って。
あきらめず、こつこつ続ける
葉っぱ切り絵を始めて8カ月目の夏のある日、突然、僕の作品がSNS上で大きな話題になったんです。それが水族館で泳ぐジンベイザメをモチーフにした作品でした。
本当に突然のことで、そこからSNSでのフォロワーが一気に増えて、作品集や展覧会につながっていきました。たった一つの作品が、人生の転機になったんです。
初めての展覧会で、お客さんの長蛇の列を見たとき、これは夢かと思いました。つい数カ月前まで会社員として働いていたときには、邪魔者扱いされて何度も何度もくやしい思いをしていましたから。
あきらめず、こつこつ地道に作品をつくり続けたことが今につながっています。しつこくやり続けていると、いつかどこかで花開くんだ。そう思いました。
僕は結局、場所を変えただけで、自分自身はまったく変えていないんです。
一つのことに没頭してまわりが見えなくなる特性は、複数のことを同時にこなす会社勤めでは弱点でしたが、アートのように集中力が必要な場所では逆に武器になって僕を助けてくれています。
かつての僕のように、自分に合わない環境で無理してがんばっている方がたくさんいらっしゃるはずです。
そんな方に、お伝えしたい。「合わない場所に無理に自分をはめこむのではなく、自分に合う場所を探す方法もある」と。
場所を変えることで、僕の人生は大きく変わりましたから。