大野 裕

1950年、愛媛県生まれ。慶應義塾大学医学部卒業。精神科医。日本における認知行動療法の第一人者。『こころが晴れるノート』(創元社)など著書多数。認知行動療法活用サイト「こころのスキルアップ・トレーニング」を発案・監修している。YouTube「こころコンディショナーチャンネル」でも情報を発信中。

認知行動療法の考えをもとにした
うまくいくためのこころの整え方をご紹介しましょう。

うまくいっている人は「三つのC」を上手に使っています。

「三つのC」は、認知行動療法の考え方をもとに私が提唱しているこころの整え方で、ものの受けとり方や考え方を意味する認知(コグニション)、環境やこころを自分が主体性を持ちながらコントロールしているというコントロール感覚、ほかの人と分かり合い、助け合えるような人間関係を築いていけるようなコミュニケーションの、三つの概念の頭文字をとったものです

ストレスを受けたときでも、まわりの人たちとお互い助け合えるような人間的つながりを大切にしましょう。

そして柔軟でバランスのとれた考え方を忘れずに、自分を見失わないで問題に対処することができれば、前向きな気持ちになってきますし、いろいろなことに挑戦してうまくいく可能性が高くなります。

そこで次に、「三つのC」について、少し詳しく説明していくことにします。

1:コントロール感覚
自分の行動の意味を知って自分の存在を確かめる

「笑う門には福来たる」ということわざがあります。これは、笑顔の絶えない家庭にはよいことが起こるという意味ですが、笑顔の絶えない人にはよいことが起こるものです。笑顔になると、よい情報に目が向くようになり、気持ちが前向きになってきます。健康で長生きできるという研究データもあります。

私たちは、楽しいと笑顔になるという「内から外への関係」を一般的にイメージしがちですが、逆に、「外から内への関係」もまた存在します。

ここでいう「内」はこころの内面で、「外」は表情や姿勢、行動など表にあらわれる変化です。ですから、笑顔など表情だけでなく、姿勢によっても感情は変化してきます。背中を丸めてばかりいると気分も沈みがちになりますし、背筋を伸ばして生活していると前向きな気持ちになってきます。

行動によっても気持ちは変化します。やりがいのあることや楽しいことをしていると、こころは元気になってきます。一時的につらい気持ちになるようなことでも、夢を忘れないで、少しずつでも前に向かって工夫することができれば、こころが晴れてきます。

そのときに、がんばりすぎずに上手に休むことも大切です。何かをしなくてはならないと考えてがんばりすぎると、いつの間にかそのことに人生を支配されて、自分らしさが失われていきます。

必要なときには休む勇気も、コントロール感覚を持つためには必要です。

2:認知
現実を柔軟にバランスよく受け止める

私たちは、現実をそのまま客観的に見ているわけではなく、こころのなかに自分なりの世界を作り上げて生活しています。まわりからの情報を受け入れ判断するこころの動きを「認知」と呼びます。

ストレスが強くなるような状態では、悪いほうばかりに考えが集中し、発想が狭くなって身動きがとれなくなりがちです。そのような自分に気づいたときには、出来事のよい側面に意識的に目を向けるようにするとよいでしょう。

寝る前にその日に起きたよいことを話し合っているという母親の話を聞いたことがあります。子どものこころが明るくなるだけでなく、親子関係もよくなる素晴らしい取り組みだと思いました。

よくないように見える出来事でも、悪いことばかりではありません。そのときはよくないと思えても、その状況を切り抜ける工夫をしていると、新しい局面が見えてきます。そのときには、あきらめないこと、確かめてみること、そして自分が希望する現実が実現するように工夫することが大事になります。

何であっても、思うようにいかないとガッカリして、こころが折れそうになります。そのようなときには、そのままあきらめてもよいことかどうかを考えてみるようにします。
もし、あきらめてよいことであればそうすればよいでしょう。しかし、あきらめきれないことだったり、自分にとって大事だと思えることであったりした場合には、あきらめないで少しでも希望を実現できるようにがんばることが大事です。

そのときには、どうせダメだと最初から決めつけないで、どのようなことができるかを試行錯誤するようにします。もちろん、すべてがうまくいくわけではありません。しかし、「どうせダメだ」と投げやりになると、何であってもうまくいかなくなります。

逆に、よくないことだけでなく、よいことにきちんと目を向けるようにすると、さらにがんばろうという意欲がわいてきます。このように前向きな気持ちを大事にしながら、行動するなかで何がうまくいって何がうまくいかないのかを確認して、少しでも自分が希望する方向に進む工夫をしていくようにします。

3:コミュニケーション
人の輪を大切にする

お互いが温かい気持ちになれる人間関係を築くことができれば、物事がスムーズに進むようになります。そのためには、自然に笑みが浮かんでくるような温かい表情や態度が何よりも大切です。それは、相手に寄り添いながら希望する現実を一緒に実現していく姿勢です。

いくらよい考えでも、厳しい態度をとって自分の考えや期待を一方的に押しつけると、相手は反発するか逃げるか、どちらかです。自分がおだやかな表情や態度をとると、相手の人も同じようにおだやかな表情や態度になってきます。まるで気持ちが伝染するかのように、温かい雰囲気が生まれてきます。

自分の考えを伝えるときには、強すぎず弱すぎない、適度な強さの表現を心がけるようにします。事実と気持ちをバランスよく伝える工夫も大切です。そうすることでお互いに助け合える人間関係ができあがってきます。

こうしたおだやかな人間関係は、実際に問題が起きたときにも役に立ちます。自分一人で考え方の幅を広げて問題を解決できればいいのですが、必ずしもそう簡単にいかないこともあります。そうしたときには、一人でがんばりすぎないで他の人に相談するようにしましょう。そのときに、「なぜ」と原因探しをするのではなく、「どのようにすればよいか」と問題解決の手立て探しをしていくようにするとよいでしょう。

人に頼るのは情けないと考えて一人でがんばる人がいますが、それでは物事はうまくいきません。大事なことほど、他の人と一緒に取り組む必要があります。

これまで、人類は人の輪のなかで発展してきました。現実的にも情緒的にも、お互いに助け合って生きてきたのです。そうした人類の知恵を大切にしましょう。

そのような歴史的背景があるから、私たちは他の人を手助けできたときに幸せな気持ちになるように生まれついています。ですから、人に助けを求めるのは、他の人を幸せな気持ちにさせることでもあると、私は考えています。