ロックバンド・クリープハイプのボーカル、尾崎世界観さんに悩みとの向き合い方をお聞きしました。
噛み続けたら味のなくなるガムのように、悩みも、そのうち色あせていきます。
「悩みがなくなれば心が軽くなる」というほど、簡単なものではないと思います。第一、悩みはなくならない。僕自身のことを振り返っても悩みがなかったことなどありません。
子ども時代は、大人に対して子どもっぽくふるまっている自分が気持ち悪くて悩み、大人になったら、アルバイト先の人間関係や、仕事ができないことが悩みになり、音楽で生活できるようになると、今度は自分の想いに共感してもらえないことが悩みになる。
悩みはいつも、影のようにそこにあるのがあたりまえで、解決することはありません。
ただ、悩みの質が変わっていくのは確かです。あることをずっと悩んでいても、気がつくと別の悩みが大きくなっていて、前の悩みは薄れている。悩みはガムなんだな、と思います。いつもずっと噛んでいて、噛んでいる間に味がなくなっている。
どんなに悩んでいたってそのうち色あせていくのだから、無理して解決しよう、悩みをなくして心を軽くしようなどと考えなくてもいいんじゃないかと思います。
むしろ、今の僕にとって悩みは必要なものです。なぜなら、悩みを通して、人とのズレを確認できるから。悩みを相談した際にまったく見当外れの答えが返ってきたり、まるで理解されなかったりしたとき、人と自分との距離感、自分の立ち位置がわかります。
時間がたったら馬鹿らしくなる
とはいえ、悩みの渦中にあるときは、やっぱり苦しい。音楽活動でも結果が出ない時代が続いたので、死ぬほど悩みました。
バンドのメンバーから突然やめると言われ、今まで築き上げたものが一気に空中分解してしまう。それでもライブで演奏しなければならない日の朝の重苦しさや、終わったあとの虚しさを味わったり。
金銭的にもせっぱつまっていて、ガスや水道が止まったり、家賃を滞納したり。駅前の不動産屋の前を、中にいる社員さんに見つからないように、腰をかがめて"ほふく前進"するみたいに通過していました(笑)。
一番の危機は声が出なくなったことです。30歳を超えたころ、レコード会社の移籍など、いろいろあって精神的に追い詰められていました。ミュージシャンにとって、声が出なくなるのは致命的です。
タイミングが悪いことに、大きな音楽フェスのメインステージで演奏することが決まっていました。また声が出なくてそのステージで恥をかくのかと思ったら腹が立ってきて、自分の首を思い切りなぐりまくったんです。「くそーっ、くそーっ」と泣きながら。でも、翌朝起きてみたら、首がむちうちみたいに痛くなっている。それが無性におかしくて(笑)。
自分にとってはドラマチックな事件が起きても、翌日、何事もなかったかのように日常が続いていく。生活するってこういうことなんだなと、しみじみ思いました。
結局、どんなに苦しいことがあっても、時間がたったら馬鹿らしくなって笑いになる。悩みは、笑い話の前振りなんだと思います。
悩みを言語化してみる
声はいまだに完全には戻りませんが、そのことが小説を書くきっかけにもなりました。悩みが連れてくるのは、悪いことばかりじゃないんですよね。
そうしていつも身近にある悩みですが、深刻になりすぎると、悩みにやられてしまいます。
なので、僕は"捨て悩み"というのをつくっています。シャープペンシルの芯がいつもすぐに折れるとか、どうでもいい悩みをつくっておく。そんなことを考えながら悩みの面積を軽い悩みで埋めていきます。
それから、悩みを意識して言語化するようにしています。悩みは、原因となる本質以外に、もやもやするイヤな気分やネガティブな感情をまとっています。そしてその部分こそが、余計な重りになっているはずです。
だから人にしゃべったり、本を読んで文字を追いかけたりして、自分の悩みにぴったりの言葉を探してみる。それが見つかったとき、悩みの周辺にあるもやもやした重りが、スーッと軽くなる気がします。
悩むのはつらい。でも、なくても困る。悩みって愛しいと、僕は思います。
取材・文:辻 由美子
※本稿は、月刊誌「PHP」2021年9月号掲載記事を転載したものです。