谷本惠美(カウンセラー・著述業)

1991年設立の女性のためのカウンセリングルーム「おーぷんざはーと」(大阪)主宰。
得意分野は女性・子育て・家族問題。モラハラ被害者支援、モラハラ理解を深める活動にたずさわる。著書に『カウンセラーが語るモラルハラスメント』(晶文社)などがある。

「この人といると、なんだかしんどい、苦しい......」
そのモヤモヤの原因は、「モラハラ」かもしれません。

パートナーが帰宅する時間が近づいてくると、憂鬱になったり、緊張したりする。
パートナーの不機嫌な態度や、話しかけても無視される状態が続いて、「なにか怒らせるようなことをしたかな......」と不安になる。
こんなふうに、パートナーとのやりとりが怖いと感じたことはありませんか? もしかすると、それはモラルハラスメント(モラハラ)に対する心理反応かもしれません。

人の心を深く傷つける、見えない暴力

モラハラは、言葉や態度による暴力です。受けた傷は目には見えませんが、人の自信や価値観、尊厳をそぎ落とし、心を殺します。
被害者は、自分が暴力を受けているとはなかなか自覚できません。モラハラに、あきらかな暴言や乱暴な態度は必要ないからです。丁寧な口調で人格を全否定されることも多く、気がつくと心がズタズタになっています。
また、モラハラパーソナリティ(自分のためにモラハラを常態的に選んで行なっている人)は、ターゲットを決めて攻撃します。ターゲット以外の人にはとてもいい顔をするため、被害者がまわりに相談しても理解してもらいにくく、さらに苦しみます。
「不機嫌になる」「口をきかない」「八つ当たりする」といったモラハラの特徴は、誰もが身に覚えのあるもの。「どの家でもよくあることだし、勝手に言わせておけばいいのよ」などと言われて終わることが多いのです。
そうやって、日々の生活のなかで低温やけどのようにじわじわと暴力を受け続け、まわりに相談しても自分の気のせいのように感じてしまうことで、いつのまにか自分が自分でなくなっているのです。
しかし、モラハラは「どの家でもよくあること」ではありません。モラハラパーソナリティが自分のために被害者を利用し、その人の世界を支配していくことです。
たとえば、モラハラの手法の一つに「誘導」というものがあります。旅行中にどこを観光するか決める場面を考えてみましょう。
モラハラパーソナリティには、すでに行きたい場所があります。「ここはどうかな」と被害者が提案して、そこが自分の行きたいところではない場合、「本当にそれでいいの」と言ったり、ムスッとした顔をしたりします。
そうした態度に引っぱられるように、被害者は自分の意見を変えていきます(通常なら、相手の思いをくみとることは、いいことなのですが)。あくまで被害者が自分で決めたことになるように「誘導」していくのです。
行ってみたけれど期待していたようなところではなかった場合や、天候が悪いこともあるでしょう。そんなときも、「おまえのせいだ」と不機嫌に言ったり、自分だけ別行動を始めたり、家族を置き去りにして一人だけホテルに帰ってしまったりもします。
うまくいけば「自分のおかげだ」となり、そうでなければ「おまえのせいだ」となる。日常生活でも、なにかを決めるたびに同じような状況が繰り返かえされて、被害者は相手の不機嫌な言動を思い出して、なんとか相手に寄り添おうと自分の意見をなくしていきます。
「相手に従ってしまう被害者も悪いのでは?」と思うかもしれませんが、同じような状況が一度や二度ではなく、常に起こるとしたらどうでしょう。相手の不機嫌が、ずっと 続いたらどうでしょう。一見、暴力には見えませんが、被害者を責め続けるのです。
相手といい関係をつくりたいと思って努力しても、片方の努力だけでは成り立ちません。歩み寄っているつもりが、自分を捨て去り、相手の世界に飲みこまれていくことになるのです。
わかりやすい暴力的な言動を受け続けた人は当然のこと、口調こそ丁寧でも、こういった静かなモラルハラスメントを受けてきた人の心も同じように深く傷つきます。

モラハラの被害に気づいたときは

モラハラという言葉と出合い、自分のつらさの原因がわかると、誰もが「なぜ、相手はモラハラをするの」「どうしたら、やめてくれるの」と、その原因を夢中になって調べるようになります。相手を凝視する時期です。
しかし、モラハラは相手の心の問題です。モラハラという手段を使って、自分の心を守っているのです。本人が自分と向き合わない限り変わることはないでしょう。
相手のことばかり考えても心は晴れません。モラハラを受けているかもしれないと感じたら、次の行動をとってみてください。

(1)相手から、まず離れる

自分の心を苦しめる相手から、まず離れてみてください。相手がモラハラパーソナリティなのかを夢中になって調べるよりも、つらかった、しんどかった、怖かった、という、あなた自身のその思いを大切にしてください。
モラハラを受け続ける環境で、自分のことを冷静に見つめることはできません。心の安全を確保して自分と向き合うことが大切です。
夫婦間のモラハラの場合、自分の実家など安心できる場所で過ごせるなら、そうしてみてください。あわてて離婚を決める必要はありませんが、これから自分はどうしていきたいのかをじっくり考えてみましょう。

(2)誰かに話してみる

ただ、一人でモラハラに向き合い続けるのはしんどいものです。
モラハラを指摘してくれた人がいるならその人に、いない場合はあなたの味方でいてくれる人に、相手とのやりとりでつらかったことを話してみてください。
ひょっとするとその過程で、あなたの味方になってくれていた人と疎遠になっていることに気がつくかもしれません。
これも、先ほどの「誘導」によることが多く、モラハラパーソナリティは、あなたの味方になってくれていた人からあなたを遠ざけて、暴力に気づく機会を奪っているのです。

(3)一人の時間を持つ

実家には帰れない、誰かに話すのも難しい、という場合は、一人でホッとできる時間を少しでもいいので持つようにしてみましょう。
仕事や買い物の帰りにお気に入りの喫茶店に寄る、休日に図書館に行く、など物理的に長時間離れられなくても、相手のことばかり考える時間を少しずつ減らしていくこと によって、精神的に距離をとっていくことが大切です。

(4)自分の生き方は、自分で選んでいい

自分と向き合う時間を持つと、特に恋人や夫婦関係の場合、「見る目がなかった。そういう人を選んだ自分が悪い」と思いがちです。
ですが、自分を責めないでください。モラハラパーソナリティは、ターゲット以外の他者にはとてもいい人なのです。交際・結婚するまでは、あなたもその「他者」だったのです。
また、相手が変わったのでも、あなたが相手をそういう人にしたのでもありません。自分のテリトリー内の身近な存在になったからこそ、モラハラをするようになったのです。そのことをふまえて、この先、相手とどうしていきたいのかを考えてみてください。
あなたの価値観は、あなた自身が変えたいと思わないかぎり、誰も変えることはできません。それが、パートナー、親、友人、上司......など、誰であってもです。
あなたは、誰かのために存在しているのではありません。自分の生き方は、自分で選んでいいのです。これからをどう過ごしていくかは、あなた次第。あなたの心が晴れやかになっていく道を選んでみてください。