月刊「PHP」2021年5月号 裏表紙の言葉
ボクシングで、お互いにパンチを浴びせようと接近しているのにさっぱり当たらない試合がある。相手が好む距離を外して、自分だけ有利な距離を取ろうとしても、それは相手も同じこと、距離感を測るのは容易ではない。
競技ならば物理的な距離感は、技術の問題として片づけられよう。しかし、これが人間関係、心の距離も加わるとなれば、距離感を合わせることはさらにむずかしい。
物理的、心理的を問わず、人間は誰もが自分の安心できる距離感を保ちたがる。だから無造作に他人が近づいてくると不快が増す一方、孤立すれば不安を募らせる。
人は日常、そんな微妙な距離を無意識で探っているとも言えよう。無人の教室に入ったとき、学ぶ意欲があれば最前列に座ろうとするが、さほどの熱がなければ、つい最後列の席を探したりするではないか。
すべての人間同士の振舞いが、思いやりと分別に基づく行動であれば、世の中はもっと平穏に違いない。多くのストレスが社会に満ち満ちている今こそ、適切な距離感を測れる人でありたい。