山口恵以子(やまぐちえいこ)
作家。1958年、東京都生まれ。早稲田大学文学部卒業。2007年、『邪剣始末』(文藝春秋)でデビュー。'13年、丸の内新聞事業協同組合の社員食堂に勤務するかたわら執筆した『月下上海』(文藝春秋)で第20回松本清張賞を受賞。
「悪いこと」が続かないように、山口恵以子さんが心掛けている三つのこととは?
世の中には運の良い人と悪い人がいる。幸運が続く人も不運が度重なる人も、60年以上生きてる間には何人か目撃した。
私の記憶では、運の良い人は総じて明るく大らかな性格の人が多かった。陰気でウジウジした性格の人がものすごい幸運を引き当てたのは見たことがない。もっとも、これは鶏が先か卵が先かで、運が良いから明るい性格になったのかも知れないが。
ただし、どんなに明るい性格の人でも悪運に見舞われることはある。「どうしてこんな良い人がこんなひどい目に遭わなくてはならないのだろう?」と思った経験はどなたもおありだろう。
だから私は「悪運は空から降ってくる」と思うことにした。つまり隕石と同じだ。日頃どれほど身辺に気をつけていようが、他人に親切を施そうが、あるいは傍若無人で他人を傷つけようが、落ちてくる隕石は防ぐ術がなく、避けることも出来ない。
そこで大事なのは「あのときああしていれば良かった」と後悔しないこと、そして「私が~だったから」と自分を責めないこと。後悔と自責は傷口に塩をすり込むようなもので、傷ついた心を更に痛めつけることになる。
悪い時期はいつか去って行く
ではどうすれば良いかというと、腹をくくって開き直ることだ。起きてしまったことは仕方ない。すっぱり諦めて、次にどうするか考える。起きてしまった事件は同じでも、受ける側の心構えによって、傷口は小さく出来る。例えば同じナイフで刺されても、腹筋に力を入れている時と脱力している時では傷の深さが違うのだ。
次に、時を待つのも大切だと思う。不運が度重なる時期は多分、誰にでもある。そういう時期は「雌伏」。ジタバタせずにじっと耐えて自力を養う。明けない夜はないという。悪い時期はいつか去って行く。頭の上の暗雲が切れたら、今度は「雄飛」。持てる力を振り絞って駆抜ける。幸運を引き寄せる方法は、それしかない。
嫌な相手と同じ土俵に立たない
私は職場でひどいいじめに遭った経験が2回ある。1回目は派遣先の宝飾店で、2回目はパート勤務していた社員食堂で。
宝飾店は1年半勤務して退職した。職場にはいじめの主である店長を懲戒する上司がいなかったので、この先も職場環境は改善される見込みがないと判断したからだ。
社員食堂ではひたすら耐えて時を待った。いじめの主は正社員ではあったが食堂には上司の主任がいたので、いつか風向きは変わるはずだと信じていた。それに件の社員はあと3年で定年退職だったので、3年我慢しようと自分に言い聞かせた。すると、社員と主任の間に激しいバトルが勃発し、社員は突如退職してくれた。私はあの時「ああ、神様って
いるんだ」としみじみ感謝した。
ちなみに、宝飾店でも食堂でもいじめの原因は本人の性格で、私の前は別の人が標的になっていた。だから彼女たちはどんな職場に行っても、部下がいる限りいじめを止められないと思う。
そして、どちらの場合も私は精神的には傷つかなかった。何故ならいじめをする彼女たちを、徹底的に軽蔑していたから。傷つくのは相手と同じ土俵に立っているからで、高みに立って見下ろしていれば、どんな言葉も行為も、風のように通り過ぎてゆく。
もし今、あなたがいじめの渦中にいるなら、相手と同じ土俵に立って悩まないで、軽蔑しましょう。軽蔑はあなたの心を守る鎧です。
時を待つ。自分の心を守る。チャンスが来たら全力で頑張る。
「いいこと」が起きるように、「悪いこと」が続かないように、私はこの3つの心構えを大切にしている。