第54回PHP賞受賞作

私には小学2年生の息子と、もうすぐ2歳になる娘がいます。
朝は家族を叩き起こし、昼は掃除に買い物、夜は食事を作り、兄弟げんかが始まれば仲裁に入り、お姑さんの足が痛めば実家に伺い看病をし……。宮沢賢治にも負けないくらいに東奔西走しています。
また、うちの息子は、心配になるほどおっとりした性格で、私はつい「早く歩きなさい」とか「早く食べなさい」と、口を出してしまうのです。

そんな私にも、思い出すとホッと心が安らぐ大切な思い出の言葉があります。
それは、いつも叱ってばかりだった、息子の言葉なのです。

娘に謝りたい

今から2年前。

娘は、安産で生まれてきてくれました。しかし、かけつけてくれた両親や夫が「おめでとう」と祝ってくれるなか、私はひとり、暗い顔をしていました。
それは、生まれたばかりの娘の小さなお腹に、子どものこぶし程の、大きなアザがあったからです。
アザは、皮膚の表面が真っ赤に盛り上がっている、痛々しいものでした。

「これは乳児血管腫といって、良性の腫瘍だから大丈夫よ」と担当の医師が説明してくだださいましたが、私の心は晴れません。
将来、嫌いやな思いをするかもしれない……、と思ったのです。
私も幼いころ、右腕にある大きなホクロのことを、同級生の男子に「ハナクソ、ハナクソ」とからかわれたことがありました。

「これは消えなさそうだなぁ」

夫も少し気にしている風に、何度もアザを確認しています。
私はひたすら「ごめんね」と、娘にも夫にも謝りたい気持ちでいっぱいでした。
それから1年間、娘のアザが見えないように隠すのが癖になっていました。
親族の前でオムツを替えるときさえ、見られないように気をつけました。息子も、もちろん全く気づいていませんでした。

幸せが指先から広がった

そんなある日、家の近所に、きれいな銭湯ができました。すると、普段はワガママを言わない息子が「どうしても行きたい」と聞かないのです。
銭湯に行けば、娘のアザは丸見えです。気は乗りませんでしたが、息子と一緒に銭湯に入れるのも今年くらいまでだろうし、アザはタオルで隠せばいいと考え、子どもたちと一緒に、その銭湯に行くことにしました。

しかし、いざ行ってみると、そう簡単にはいきませんでした。
娘がお腹のタオルを嫌がり、どうしてもはぎ取ってしまうのです。

「あらあら、真っ赤なアザ! かわいそうに」

さっそく、通りがかった湯上がりのおばあちゃんに指摘され、落ちこむ私。
やっぱり来るんじゃなかった……。そう思ったとき、息子の明るい声が浴場内に響きました。

「わぁ! かわいい! ママ見て、赤ちゃんのお腹に、大きないちごボタンがついてる!」

い、いちごボタン……?
頭がハテナマークでいっぱいの私に、息子は続けて、こう言ったのです。

「ママ、これ押したらね、幸せになれるよ」

ふっくら膨らんだボタンを、息子がぷにぷにと触ります。
思わず私も、ボタンをそっと押しました。
すると、本当にじわじわと幸せが指先から体いっぱいに広がったのです。
おかしかったのは、それを聞いたさっきのおばあちゃんまで、「どれどれ」と、ボタンを押しにこられたのでした。
それから、私の心にあった暗い気持ちは、消えてなくなりました。
きっと、大人は頭が固いから、「こうでなければいけない」と考えてしまうけれど、本当は幸せなんて、自分の気の持ち方ひとつなのだと気づかされた言葉でした。

銭湯からの帰り道、心も温かく空を見上げました。
悲しいことに、私たちの住む街は、ネオンがまぶしくて、星はあまり見えません。

「星が見えたら、いいのになあ」

そう私がつぶやくと、息子が一生懸命に星を探し始めました。

「あっちに行ったら、あるかも!」

子どもたちと星を探しながら近所を散歩しました。
やっぱり星は見えなかったけれど、私の心は、満天の星空のようでした。
息子のおっとりした性格も、娘のいちごボタンも、今では私の幸せな宝物です。

岡本優心(大阪市北区・主婦・34歳)