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第33回山本七平賞『コロナ禍と出会い直す』の著者・磯野真穂氏、受賞の言葉
2024年11月13日(水)、都内のホテルにて、第33回山本七平賞贈呈式が執り行われ、祝賀パーティが実施されました。本年の山本七平賞は、磯野真穂著『コロナ禍と出会い直す』(柏書房)が選定されました。
第33回山本七平賞贈呈式
当日の様子につきましては、下記の動画をご覧ください。
第33回 山本七平賞「受賞の言葉」
言葉の先に異なる未来が生まれますように。
そう願いながらこの本を書きました。
1992年から続く歴史ある本賞の受賞は、この願いを力強く後押ししてくれるものです。審査員の皆様に深くお礼申し上げます。
私は、コロナ禍の日本の感染対策の特徴を「和をもって極端となす」と名づけました。混乱を鎮めるために始めた極端な対策が、年単位でだらだら続いてしまう。コロナ禍に限らない日本社会の特徴です。
この原因を、日本人の科学的リテラシーの低さに求める人たちもいます。しかし私はそうは思いません。
和をもって極端となす対応は、日本人の欠落した科学的思考から生み出されるのではない。それは、科学的思考の力が発揮されづらい組織構造から生み出される。
これが、本書を書き終え、辿り着いた結論です。
しかしこれは、日本を否定し欧米に倣えということではありません。そうではなく、日本社会の深層にある構造を冷静に見つめ、その強みと弱みを分析すること、その上で構造の強みを伸ばし、弱みを暴走させないための対策を練ることを意味します。
4半世紀に渡り、身体、病気、医療をテーマとした研究を続けてまいりました。研究者人生の後半は、これらに関する問題と日本社会の深部構造を結びつけるような研究を展開することで、「異なる未来を描くために」という本書の帯の背にある言葉に著者として応えていく所存です。
本書の完成に協力くださった関係各位の皆様に深く感謝いたします。
磯野真穂(いその・まほ)氏 プロフィール
1976年、長野県安曇野市生まれ。人類学者。専門は文化人類学・医療人類学。2010年早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。早稲田大学文化構想学部助教、国際医療福祉大学大学院准教授を経て2020年より在野の研究者として活動。2024年より東京科学大学リベラルアーツ研究教育院教授。一般社団法人De-Silo理事。応用人類学研究所・ANTHRO所長。著書に『なぜふつうに食べられないのか――拒食と過食の文化人類学』(春秋社)、『医療者が語る答えなき世界――「いのちの守り人」の人類学』(ちくま新書)、『ダイエット幻想――やせること、愛されること』(ちくまプリマー新書)、『他者と生きる――リスク・病い・死をめぐる人類学』(集英社新書)、宮野真生子氏との共著に『急に具合が悪くなる』(晶文社)がある。
長谷川眞理子氏による講評
2020年から新型コロナウイルス感染症が世界で猛威を振るい、世界中がそれに対処するための対策を講じた。そのやり方は各国で異なり、国民がそれらに対してどのように反応するかも異なっていた。こんな緊急事態にこそ、人びとが普段から社会というものをどう考えて生きているのかが、如実に表れる。
本書は、そんなコロナ禍の日本で、人びとはどのように反応したのかを記録し、そこから日本文化を考察している。著者は、医療人類学を専門とする文化人類学者である。「病気」という状態や「医療」という行為には、唯一正しいものがあるのではなく、それらを取り巻く社会のあり方によって認識が変わる。政府や専門家集団がどんな対策をとり、国民がそれに対してどのように応じるのか、そこにはまさに日本文化の諸相が表れているのだ。
日本は、社会の構成員間の調和を尊ぶ文化であり、なんとなくの全体の調和で事が進む。それはそれでよいところもあるのだが、個人が合理的な考えをもって判断したとしても、それは全体の雰囲気に埋没してしまい、表現されにくい。あまり意味のない措置があまねく実行され、それらをやめるという決断ができにくい。「和をもって極端となす」という言い方は、言い得て妙だ。
社会を相対化して見る人類学者の目でコロナ禍の日本を分析し、今後またこのような事態が起こったときに、今回の無駄を繰り返すことのないよう提言している。
山本七平賞3人目の女性著者であることも付記したい。
山本七平賞について
山本七平賞は、1991年12月に逝去された山本七平氏の長年にわたる思索、著作、出版活動の輝かしい成果を顕彰することを目的に、1992年5月に創設されました。賞の対象となる作品は前年7月1日から当年6月末日までに発表(書籍の場合は奥付日)された、書籍、論文で、選考委員は、伊藤元重(東京大学名誉教授)、中西輝政(京都大学名誉教授)、長谷川眞理子(日本芸術文化振興会理事長)、八木秀次(麗澤大学教授)、養老孟司(東京大学名誉教授)の5氏。