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第26回 山本七平賞奨励賞『多田駿伝』の著者・岩井秀一郎氏、受賞の言葉
平成29年11月21日(火)、帝国ホテル東京光の間にて、第26回山本七平賞贈呈式が執り行われました。本年の山本七平賞は「該当作なし」となりましたが、奨励賞に岩井秀一郎著『多田駿伝』が選定されました。岩井氏の受賞の言葉をご紹介いたします。
写真撮影:鶴田孝介
『多田駿伝――「日中和平」を模索し続けた陸軍大将の無念』
(岩井秀一郎著 2017年3月6日 小学館)
山本七平賞 奨励賞 受賞の言葉
このたびは栄誉ある山本七平賞 奨励賞を授与していただき、まことにありがとうございます。拙著を選んでくださった選考委員の方々、PHP研究所の方々に深くお礼申し上げます。また、出版にあたっては取材に協力してくださった方々、そして出版社の方々にたいへんお世話になりました。あらためてお礼申し上げます。
拙著は多田駿(ただはやお)という一人の軍人に焦点を当て、その生涯や思想を明らかにしたものです。多田駿という人は日中戦争初期の日本側のキーパーソンの一人でありながら、これまであまり注目されておらず、一冊にまとまった伝記もありませんでした。
私は当初多田駿の日中戦争における役割に注目し、本書を書きはじめました。ところが調べるにしたがって多田という人物の知られざる一面が次々と明らかになっていき、「これはたいへんな人物だ」との思いが次第に強くなっていきました。日中和平交渉という歴史の表面に現れた部分だけでなく、パーソナリティーの面でも無視できない人物であることがわかってきました。
彼の中国観は当時としては際立ったもので、現代の日本人にもさまざまな示唆を与えてくれるものであると思います。また、彼の生涯はわれわれの歴史観に変換を迫り、考えを新たにさせるものでもあると思います。
本書を出版するまでにおよそ5年間という時間を費やしました。これをきっかけに、一人でも多くの読者の方に多田駿という人物を知ってもらえれば、これ以上の喜びはありません。
◆受賞者プロフィール
岩井秀一郎
昭和史研究者。1986年9月3日、長野県佐久市生まれ。2011年日本大学文理学部史学科卒(古川隆久教授に師事)。一般企業で働くかたわら、昭和史を中心とした歴史研究・調査を続けている。現在、埼玉県深谷市在住。本書が初めての著作。
選考理由
本年度の山本七平賞 奨励賞の受賞作として岩井秀一郎氏の『多田駿伝――「日中和平」を模索し続けた陸軍大将の無念』が選ばれた。主人公・多田駿は、支那事変すなわち日中戦争の発端となった盧溝橋事件の直後から一年余りのあいだ、日本陸軍の中枢・参謀本部の次長として実質、最高責任者の地位にあった。多田はその間、徹頭徹尾、事変の不拡大を唱え早期の日中和平に奔走する。ところが軍人ではない文民政治家の近衛文麿首相や広田弘毅外相、さらには平和志向が強かったはずの米内光政ら海軍指導部などの強硬な戦争拡大論に押し切られ、多田は無念の涙をのむ。以後、日本は大陸での泥沼の戦争に突入し、その先には日米開戦が待っていた。
歴史の「善玉」が戦争拡大に走り、「悪玉」のはずの陸軍の統帥中枢が最大の和平勢力であったという、この大いなる歴史の皮肉。これこそ格好の歴史の題材であるはずなのに、「やり尽くされた」観のあった戦後日本の昭和史研究がじつは、この最も核心的な問いを避け続けてきた。
本作は、この問い掛けを正面から取り上げ、その主人公・多田駿の魅力ある評伝となっている。さらに、そのバランスの取れた歴史観と巧みな叙述の運び、また、多田駿の良寛への関心や詩人・相馬御風(そうまぎょふう)との交流など、多田の枯淡の境地と滋味溢れる人間性が生き生きと描き出されている。事変拡大へと流れる抗しがたい当時の日本の「空気」の研究としても従来にない成果を上げている。その堅実な歴史実証力と叙述力、問題設定の巧みさは、大型新人の登場として今後の活躍を期待させるに十分と評価しうる。
選考委員 中西輝政
山本七平賞について
平成3年(1991)12月10日に逝去なさった、山本七平先生の長年にわたる思索、著作、出版活動の成果は、日本の読書界に燦然たる輝きをもって聳え立っています。今日山本学と称される、先生の多岐多彩な知的営為は、畢竟、日本および日本人とは何か、を探し求める果てしない旅でもありました。
PHP研究所はここに、先生の業績を顕彰することを願い、山本七平賞を設置し、その比類なき知的遺産を正しく受け継ぐ、新たなる思索家の誕生を期待するものであります。
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