主人公のおいちは、江戸深川の菖蒲長屋で、医師である父・松庵の仕事を手伝っていた。いつか父のような医者になることを夢見て。おいちが他の娘と違うのは、この世に思いを残して死んだ人の姿が見えること。そんなおいちに、友の死、出生の秘密に関わる事件、赤子を産み落とした女が無残に殺される事件などが降りかかる。
おいちは岡っ引・仙五朗とともに下手人を探しつつ、医者になるべく一歩を踏み出す。悩みながらも強く生きたいと願うおいちの成長を描いた、人気の青春「時代」ミステリー。
肉体は救えない。でも……。
心なら救える。
江戸深川の菖蒲長屋で、医者である父・藍野松庵の仕事を手伝いながら、自身も医者を目指して修業している。この世に思いを残して亡くなった人の姿が見えるという、不思議な能力を持つ。
藍野松庵
(あいの・しょうあん)
病を恐れながら、病と闘う。
おれたちには、それしかないんだ
おいちの父親。長崎帰りの蘭方医として名を馳せていたが、今は一介の町医者として診療にあたっている。
おうた
あたしはね、おまえに幸せになってもらいたいんだよ
おいちの伯母で、紙問屋「香西屋」の内儀。おいちのことを誰よりも慈しんでいる。松庵とは犬猿の仲!?
仙五朗
(せんごろう)
人ってのは深えんだ。
底無しの井戸みてえなもんでやす
本所深川界隈を仕切っている凄腕の岡っ引。その優秀さから、“剃刀の仙”の異名をとる。
新吉
(しんきち)
あっしは、先生やおいちさんに恩がありやす。
それを返したいだけなんで
腕のいい飾り職人。おいちに想いを寄せており、おいちもまた、新吉のことを憎からず想っている。
おふね
あたしのこと褒めてくれたよね。
あれ、すごく嬉しかった
おいちの友人。呉服問屋「小峯屋」の一人娘。7歳で出会ってから、十年来の付き合いになる。
お松
世間ってのは怖いもんなんだ。
優しいだけじゃ人は生きていかれない
おいちのもう一人の友人。母を亡くし、働かずに酒浸りの日々を送る父と、幼い妹たちの面倒をみている。
1954年、岡山県生まれ。青山学院大学文学部卒業。小学校の臨時教師を経て、作家デビュー。『バッテリー』で野間児童文芸賞、『バッテリーⅡ』で日本児童文学者協会賞、『バッテリーⅠ〜Ⅵ』で小学館児童出版文化賞、『たまゆら』で島清恋愛文学賞を受賞。著書は、現代ものに、「ガールズ・ブルー」「The MANZAI」「NO.6」のシリーズ、『神無島のウラ』、時代ものに、「おいち不思議がたり」「弥勒」「闇医者おゑん秘録帖」「燦」「天地人」「針と剣」「小舞藩」「えにし屋春秋」のシリーズなどがある。
おいちは「女性のための医療」という高みを目指しています。そのためには、どうすればいいのか――。おいちは自分が進む道が見えなくて、焦り、悩みます。でもこの小説で書かれている女性の困難さは、江戸時代だからではなく、今にも通じるものです。女性が人生を切り拓いていくとき、様々な問題に直面します。結婚し、子供が生まれて、積み上げてきたキャリアをどうするのか、時代は違えど、根っこの部分は同じだと思います。