1960年代、日本ボクシングの最も熱くて輝ける季節――伝説の名チャンピオン・ファイティング原田とライバルたちの激闘の軌跡を描いた本書。主要4団体に17階級がある現在と違い、当時は1団体8階級のみ。その座をめぐる闘いは、今とは比べ物にならない。
そして敗戦の記憶も生々しい当時、2つの拳だけで世界に挑むこのスポーツが全国民を熱狂させた。時代の高揚感のなかで躍動し、19歳でフライ級王者となった若者は、その後「黄金のバンタム」と呼ばれたエデル・ジョフレを破って2階級制覇、スターダムへと駆け上がる。想像を絶する過酷な減量と、強豪たちとのギリギリの勝負。
そして、理不尽な判定に泣いた「幻の三階級制覇」……。
試合場面の描写は、著者のヒット作『ボックス!』にまさるスピード感と臨場感。日本の青春、選手たちの青春の勃々たる熱気がストレートに胸を打つ感動長篇。
1945年、日本は戦争で300万人もの尊い命を失い、国内を焼け野原にされた。そして独立国としての主権を奪われ、7年にわたり連合国に占領された。国民は打ちひしがれ、自信を失った――。
しかしそんな日本人に活力を与えた男たちがいた。中間子論で世界の物理学界を驚倒させ、ノーベル賞を受賞した湯川秀樹、敗戦国の選手としてオリンピック出場を阻まれながらも驚異的世界記録を樹立した水泳の古橋廣之進、そしてこの物語のテーマであるプロボクシングの舞台で世界フライ級チャンピオンとなった白井義男だ。彼らは世界に「日本人ここに在り!」と知らしめ、国民に勇気と誇りを与えた。
現代はボクシングの世界チャンピオンは70人以上もいて、それこそ石を投げればチャンピオンに当たるくらい値打ちの低いものになっているが、当時は違った。チャンピオンは世界にわずか8人。当時、世界のレベルは怖しく高く、日本人ボクサーがチャンピオンになるのは不可能と言われていた。それだけに白井の偉業は光る。
しかし白井が王座を奪われた後、再び世界の壁は厚くなり、多くの日本人挑戦者がその壁に跳ね返された。
八年後の昭和37年、19歳の青年、ファイティング原田が世界王座を奪回した時、日本人はこの快挙に熱狂した。敗戦の混乱期から立ち直り、再び世界の国々と肩を並べようと頑張っていた国民の多くは、徒手空拳で世界と戦うファイティング原田の姿に自らを投影させた。
原田は人々の期待を一身に背負い、三年後、史上最強チャンピオンと言われていた「黄金のバンタム級」ことエデル・ジョフレを破るという歴史的勝利で二階級制覇を成し遂げた。人々はこれを自らの誇りとした。これ以後、原田の防衛戦のテレビ中継は「国民的行事」となり、その全試合が視聴率50パーセントをマークするという信じられない記録を残した。 これは1960年代という熱狂的な時代を背負って戦い抜いた、一人のボクサーの戦いの軌跡を綴ったノンフィクションである。
百田尚樹 (ひゃくた なおき)
1956年大阪生まれ。同志社大学中退。
人気番組「探偵!ナイトスクープ」のメイン構成作家となる。
2006年『永遠の0』(太田出版)で小説家デビュー。
『ボックス!』(同)、『風の中のマリア』(講談社)、『モンスター』(幻冬舎)、『影法師』『錨を上げよ』『海賊とよばれた男』(以上、講談社)など著書多数。
『永遠の0』は、講談社文庫から文庫版が刊行され110万部を突破、2013年に映画公開予定。
第一章:日本ボクシングの夜明け
「ヨシオ、君はこの試合に勝利することで、敗戦で失われた日本人の自信と気力を呼び戻すのだ」(カーン)
第ニ章:ホープたちの季節
「俺は素質のある方じゃなかった。だから人の二倍三倍やらないとダメだったんだ」(原田)
第三章:切り札の決断
「自分で決断したことです。男として後悔したことは一度もありません」(矢尾板)
第四章:スーパースター
「海老原、左が折れても、右でやります。死ぬまでやる」(エディ)
第五章:フライ級三羽烏
「努力はかならず報われる。練習は裏切らない。そのことを証明するためにも、何がなんでも勝ちたかった」(原田)
第六章:黄金のバンタム
「俺は一度もノックアウトされたことがない。だからストップはしないでくれ。これが俺の最後の試合だ」(ロス)
第七章:マルスが去った
「タイトルを失うことは、銅貨を一枚失うのとは違う」(ジョフレ)
第八章:チャンピオンの苦しみ
「調子は良かった。作戦の誤りもなかった。自らの力を出し切った」(メデル)
第九章:「十年」という覚悟
「他のことはいつでもできる。でも、ボクシングは今しかできない。それに世界チャンピオンとリングで戦える人生なんて、他に比べることができないじゃないか」(原田)
解説:増田俊也
(『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』著者)
第一章「日本ボクシングの夜明け」の一部を試読できます!
11月19日発売
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